Lutherstadt – Wittenberg ルター・シュタット・ヴィッテンベルク

歴史

10月31日(土)は、子どもたちや若者たちが楽しみにしているハロウィンでしたが、各都市では「Gen Z regelt(Z世代の自分たちがやるんだ)」が主催するデモも計画されていました。

デモ参加者は、事前にネット上に登録しますが、実際の参加者はその約半数だったそうです。フランスの事件があったばかりで、警戒されていました。ほとんどのデモは平和的に行われたそうですが、夕刻以降、一部の地域で、残念ながらRandalierer (暴徒)による暴力行為や略奪があったそうです。

私たちはこの日は、ベルリンを離れて、Wittenberg ヴィッテンベルクを訪れていました。Reformationstag 宗教改革記念日のお祭りがあると聞いていました。

1517年のこの日、ルターが「Die 95 Thesen(95箇条の提題)」を貼り出しました。ローマ・カトリック教会の免罪符に疑問を投げかける内容でした。

Luthergarten ルターの庭
まだ人出はまばらでしたが、あちこちの出入り口には、すでに2人組の男性が警備していました。なかには、ドイツ語が話せない警備員2人組もいました。

Augusteum の建物をくぐって入ると、

Ich hab einmal des Papstes Dekret allhier zu Wittenberg verbrannt, und ich wollt’s wol noch einmal verbrennen. (ルターの情熱的な側面が伝わってきます)

Lutherhaus ルターハウスがあります。

ルターの生涯が漫画で説明されています。

1504年に建てられた Schwarzes Kloster(黒修道院)です。ルターはここで修道士として過ごしました。そして宗教改革後は、ザクセン選帝侯によって与えられた家となりました。そしてカタリーナ・フォン・ボラと結婚生活を送りました。

カタリーナ・フォン・ボラ
1508年から1546年までここで過ごしたとあります。

こちらは、元ヴィッテンベルク大学です。

1502年から1817年まで大学として使われたとあります。いまは、Leucorea(ロイコレア)財団によって、研究施設として使われているようです。

こちらは、通称 Schlosskirche シュロース・キルヘ(城教会)、Allerheiligenkirche アッラーハイリゲン・キルヘ(すべての聖徒の教会)です。この教会の外壁に「95箇条の提題」が貼り出されました。

日曜礼拝が終わった後、礼拝堂へ立ち入ることができました。

情熱的革命家の Martin Luther マルティン・ルター(左)と、理知的ギリシア語教授の Philipp Melanchthon フィリップ・メランヒトン(右)
ルターの墓
メランヒトンの墓
1521年から1522年に、ヴァルトブルク城で聖書の翻訳
1525年に、カタリーナ・フォン・ボラと結婚。
当時の外壁が残っています。この下に木製の扉がありました。そこに「95箇条の提題」が貼り出されたのだそうです。
木製の扉は1760年の火災で焼失、1858年に復元(ブロンズ製)されたそうです。

こちらは、通称 Mutterkirche der Reformation ムッター・デア・レフォルマチオン(宗教改革の母教会)、Stadtkirche St. Marien シュタットキルヘ・ザンクト・マリエン(聖マリア市教会)です。駅から旧市街に向かってくるときに見えた2つの塔は、この教会のものでした。

ルターが何度も説教を行った教会です。それまではラテン語で行われていた礼拝が、初めてドイツ語で行われるようになりました。カタリーナ・フォン・ボラとの挙式もここでした。

「Reformationsaltar 宗教改革祭壇画」クラナッハ(父と子)工房で制作された祭壇画です。ルターやメラヒントン、クラナッハ(父)も登場しています。
最後の晩餐 ユダにパンを与えるキリスト
祭壇の扉を閉じると、上の2つの絵が現れるのだそうです。下の絵には、右側に説教をしているルターがいます。
オルガンの下では、楽団と合唱団によるリハーサルが行われていました。

こちらは、メランヒトン・ハウス(博物館)です。

博物館になっていますが、入りませんでした。

Cranach-Höfe(クラナッハの庭)には、古そうな住居がありました。

Lucas Cranach der Ältere ルーカス・クラナッハ父の紋章(王冠をかぶり、ルビーの指輪をくわえた、翼をもつヘビ)があります。

ピンクの壁の左側に Druckerstube と書かれているので、入ってみました。

Historische Druckerstube(歴史的印刷工房)のおじさん、ルターが訳した聖書が印刷された様子を、熱く語ってくれました。
ドイツ語翻訳聖書の最初の1冊は、全編カラー仕立だったそうです。
古そうで今でも使われていそうな道具がたくさん
囲みのなかの絵は、段落の最初の一文字を表しています。どの文字でしょう。
城教会からルターハウスまでのメイン通り
これはグーテンベルクの印刷機を再現したものです。弁舌さわやかなお兄さんが、活版印刷の仕組み、当時のインクや道具、カトリック教会や聖書などについて、子どもたちにわかりやすく説明していました。私もたいへん勉強になりました。
子どもたちの後で、私も、活版印刷機を実際に使って印刷させてもらいました。写真の右が印刷した記念の紙です。ヨハネの黙示録 3章20節「扉をたたくキリスト」
市役所前広場は、お祭りの屋台でいっぱいでした。
ヌガーとマジパンのお店を見つけて、思わず友達に買ってしまいました。
ゲームもいろいろありました。
手動です。子どもたちが何人乗っても、ぐいぐい回していました。力持ち!
体と心と魂のための魔法のようなマッサージ。寒いのに素足を出してマッサージしてもらっていました。
綱がゆるくて、はしごが回転するので、なかなかのぼれません。
子どもがのぼるときには、綱をきつく張ってのぼりやすくしています。

お祭りは、夕方から本格的になるのですが、私たちは4時前の電車に乗って帰りました。