Deutsches Spionagemuseum ドイチェス・シュピオナージェ・ムゼウム(ドイツ・スパイ博物館)

歴史

今日は、Lange Nacht der Museen ランゲ・ナハト・デア・ムゼーン(博物館の長い夜)でした。

市内のすべての博物館を、1人15ユーロのチケットで、18時から翌2時までのあいだ、自由に訪れることができる、というイベントです。今年のテーマは「Crime in Berlin ベルリンの犯罪」でした。

私たちは、博物館の年間パスを持っていますが、それがカバーしているのは、市内にある博物館の約半数です。

2時までというのは体力的にキツイので、24時までで、年間パス対象外の博物館を3つ、できれば4つ、訪れてみることにして出かけました。

初めに、子どもから大人まで、大人気の Deutsches Spionagemuseum ドイツ・スパイ博物館に行きました。時間前なのに、すでに入口には長い行列が出来ていました。

「スパイ活動 (ラテン語:見る/突き刺す)秘密裏または公然と、情報を収集し活用すること」

スパイの歴史の品々が、時代を追って展示され、説明されています。

「適切な場所に配置された1人のスパイは、戦場の2万人の兵士に相当する(ナポレオン・ボナパルド)」
紀元前1500年 陶器の刻み文字を読み取られぬよう、特殊な文字で刻まれている、最古の暗号。
小説『ダ・ヴィンチ・コード』に登場する Cryptex(右)。架空のダイヤル錠ポータブル金庫。正しくダイヤルを合わせない限り、開かない。無理にこじ開けると、酢の入った瓶が割れ、秘密が記されたパピルスが溶けて、情報が永遠に失われることになる。左はそれを入れる箱。
冷戦時代、ソビエトで使用されていた「すみれ」という名の暗号機(作成・解読)。
暗殺用の隠し銃。引き金はなく、+の箇所を殴ることで発射される。
気泡が出ない特殊な潜水服。冷戦期のソビエトの特殊要員が着用し、潜水艦から発射されて、敵国の沿岸や軍事拠点に極秘で接近していた。
実際にスパイに使われていた日本製品 SONY製ラジオ と Canon製カメラ。
Teufelsberg トイフェルス・ベルク(悪魔山)の1950年から1991年の様子。第二次世界大戦の瓦礫が運び込まれ、標高120mにも積み上がって出来た山。冷戦時代は、米英軍の盗聴基地として使われた。

体験コーナーがいくつか設けられ、スパイの気分を味わいます。

尋問する側、される側になって、ウソ発見器でスキルを試します。
もう、たくさんの若者が順番を待っています。
こちらは、部屋に張り巡らされたレーザー光線をかいくぐって、目的地まで進むというミッションです。時間内にゴールできれば証明書がもらえます。

ほかにも、盗聴器探しや金庫破り、暗号解読やハッキング・シュミレーションなどの体験があります。

こちらはスパイ交換所となった Glienicker Brücke グリーニッカー・ブリュッケ(グリーニッケ橋)の模型です。

ロシア側、つまり Potsdam ポツダム側から臨んでいます。
監視車両の内部

博物館公式サイト
https://www.museumsportal-berlin.de/de/museen/deutsches-spionagemuseum/

館内は、想像以上にたいへんな混雑で、先に進むのにも時間がかかり、2時間を要しました。すでにヘトヘトです。