Annaさんが予約してくれていたので、15時からサンスーシー宮殿に入りました。


Sans Souci サンスーシーは、フランス語で「憂い無し」という意味ですが、それは、そもそもこの Friedrich Wilhelm 2世が、自分の始めた戦争に苦しんでいたからでした。
この人がそんな戦争を始めたのは、お父さんの Friedrich Wilhelm 1世にも関係があります。

お父さんは、たいへんな倹約家で、破綻していたプロイセンを立て直し、財産を作りましたが、同時に軍隊が大好きでした。
Soldaten König ゾルダーテン・ケーニヒ(兵隊王)と呼ばれます。おもしろいのは、長身の兵隊を愛していたことです。この人自身は、背が低くて太っていたそうですけれども。
2m以上の男性を探しては、兵隊として買い取ったり、誘拐したりしたそうです。ロシアのピョートル皇帝に、自分の城の「琥珀の部屋」にある琥珀を剥がして送り、見返りに2m以上の兵隊を55人、贈ってもらったという話もあるそうです。
このお父さんは、生活も子育ても、軍隊方式でした。奥さんとのあいだには14人の子どもがいましたが、長男の Wilhelm 2世は、とくに厳しく育てられました。

ところが、長男 Wilhelm 2世は、お父さんとは全く違った性格で、フルートを吹いたり本を読んだりするのが好きでした。
とうとう思春期には、友人と2人で、そんな城からの逃亡を図りますが、見つかってしまいます。なんとその友人は父王に処刑されてしまいます。

父王の死後、Wilhelm 2世はお父さんから、王位と、統制されたプロイセン国と、豊かな財産と、強い軍隊を引き継ぎます。
王位に就いた Wilhelm 2世は、長身兵の軍隊は縮小し、拷問を無くし、新聞を刊行し、オペラハウス(忠実に復元されたものが現在の Staatsoper Unter den Linden ベルリン国立歌劇場)を建て、芸術家や知識人を街に呼びました。
しかし、豊かな財産と強い軍隊を持つ、というのは罪作りなもので、彼は、領土拡張の野望を抱くことになります。
やがて、周辺国の多くを巻き込み、おびただしい犠牲者を出すことになる、7年戦争が始まるころには、Kartoffelbefehl(じゃがいも命令)を出さなければならないほどの食糧難まで招くことになりました。
そんな政治の重圧からの現実逃避の場所として、建てられたのが Sans Souci 宮殿でした。Wilhelm 2世自身が草案を描き、Knobelsdorff の設計によって建てられたといわれます。






(以下、ごめんなさい、説明なしで写真だけ乗せます。思い出したら、追記します。)






ゆったりと見学させてもらった Sanssouci を後にして、みんなで、Annaさんお気に入りの喫茶店へ向かいました。
電車に乗って町を南下し、オランダ地区へ。愛らしい喫茶店で、お店の特製チョコドリンクや、フルーツがたっぷりのケーキをご馳走になりました。
涼しい風が通る石だたみの席で、濃厚なカカオの香りと、今が旬の果物の美味しさと、くつろいだ会話を楽しみました。





今日はもう一つ夜にも約束があって、ベルリンに帰ってから、Mitte ミッテ地区の市営墓地に向かいました。そこのチャペルで Licht show が催されていたので、参加させてもらいました。


有名人のお墓が多いところで、ブレヒトの名前も見えました。ほかにもヘーゲル、フィヒテ、マルクーゼ、ハインリヒ・マン、ゼーガース、ヨハネス・ラウ、ベルリン博物館設計者シンケル、新博物館設計者シューラー、ブランデンブルク門上の四頭馬車制作者シャドウなどのお墓があるそうです。



