ハンブルクから ブレーメンまでは、ドイチュラント・チケットを使って、Regionalbahn レギオナール・バーン(地域快速列車)に乗りました。
船上の誕生日パーティに招待してくれたのは、長男の同級生(ブレーメンのドイツ小学校時代)の両親です。約20年ものあいだ、交流がつづいていて感謝です。
船が出港するまでのあいだ、少し時間があったので、長女が当時インターナショナル・スクールで相談に乗ってもらっていた日本人女性と、そのパートナーに会いました。
日本語で(!)最近の情勢について聞けたので、とてもおもしろくて、それはぜひ書きたいのですが、長くなるので、また別の機会にしたいと思います。
船は、17時に出港し、22時に帰り着きました。招待客は70人くらいだったでしょうか。懐かしい人もいました。スピーチで笑い、おしゃべりしながら食事をし、1990年代の流行歌で踊りました(私たちは踊りませんでしたけれども)。



ブレーメンでの宿泊は、次男の同級生(1月に、日本のわが家へ遊びにきてくれた彼)の実家でした。彼のお母さんは、自宅の1室をホテルとして開放しています。





翌日は、当時タンデム相手をしてくれた友人と、そのパートナーに会いました。当時は大学生だった彼女は、もう日本人みたいに話せるようになって、ドイツ・日本間でビジネスをしています。
彼らとの待ち合わせまで、すこし街なかを歩きました。



Marktplatz マルクト広場にやってきました。町ではこの日、マラソン大会をしていて、たいへんな人出でした。




マルクト広場からすこし横道に入ると、Böttcherstraße ベトヒャー通りです。ここで12時の鐘を聞きました。




さらに、Schnoorviertel シュノア地区に足を伸ばしました。現代のアート作品が販売されている小さなアトリエがたくさんありました。











友人と、植物談義で盛り上がったあとは、別れを惜しみながら、劇場へ向かいました。







