Basteibrücke バスタイ・ブリュッケ(橋)から Stadt Wehlen シュタット・ヴェーレンへ

歴史

友人から、思ってもみなかった観光先の提案を受けて、即座に「行ってみたい!」と答えました。奇岩の間に架けられた Basteibrücke バスタイ橋です。

壮観な景色のことは知っていましたが、遠いところだから、そこに行くまでが大変…というイメージがあって、行けないものと思い込んでいました。でも、友人が目的地まで車を出してくれるというのです。

友人夫妻は、夫のRさんと妻のMさんですが、Rさんは、脊椎の不調のため歩行困難なので、車で待機してくれて、Mさんが、私たちを案内してくれることになりました。

バスタイ橋は、国立公園の中にあって、厳しく生態系が保護されています。

Nationalpark Sächsische Schweiz ナチオナールパーク・ゼヒシッシェ・シュヴァイツ(ザクセンスイス国立公園):18世紀に2人のスイス人がやってきて「スイスのようだ」と言ったから(?)こう呼ばれているのだそうです。
Baumstriezel バウム・シュトリーツェル(ドイツ語なら、木の小僧という意味になりますが、どうやらハンガリー由来のようです)

駐車場を降りて、10分も歩かないうちに、大きな展望台に行き着きました。そこは、もうこんな景色です。

足が竦んで、最初はうまく歩けないほどでした。いいお天気なので、たくさんの観光客がいます。順番を待って、空いた場所で撮影しました。後ろで日本語も聞こえてきました。

すぐ下を、Elbe エルベ川が流れています。川の向こうには、たくさんのTafelberg ターフェルベルク(テーブル山)が見えます。
バスタイの巨岩群

ここは、かつて海があり、砂が堆積し、時代によって異なる砂岩層がつくられていた場所でしたが、アルプスなどの地殻変動による隆起や、エルベ川や風雨による侵食が重なり、このような奇岩が生まれた、とありました。

なぜ、エルベ川の南側は、Tafelberg ターフェル・ベルク(テーブル山)のようなものがたくさん現れ、北側には、このように急峻な垂直の巨岩が並ぶようなことになったのでしょう。タモリさんに教えてほしいです。

ここにある岩は切り出されて、好んで使われたそうです。高い強度をもちながら、細工しやすい性質があること、また、エルベ川を使って運搬が容易であったことから、ドレスデンの宮殿や歌劇場など、多くの建築物の材料になっているそうです。

高い場所に少し慣れたところで、展望台から少し北へ下って、バスタイ橋(1851年)を見ました。

残念ながら、逆光のため、あまり鮮明に撮影できませんでした。

それからバスタイ橋の上を歩きました。

ロッククライミングが好きな人には、たまらない場所なのだろうと思います。しかし、今年も滑落事故で亡くなった方があるのだと友人が話していました。

向こうに見える高い展望台が、先ほどまでいた場所です。
頂上に、両手を肩の高さまで上げた修道士の像が立つのは、Mönchfels メンヒ・フェルズ(修道士の岩)です。こんなふうに、どの岩にも名前が付けられているのだそうです。

岩上からの眺めを堪能したので、次の目的地 Stadt Wehlen シュタット・ヴェーレンへ向かいました。

私たちは、Malerweg マーラー・ヴェーク(画家の道)を選びました。ロマン派の画家たちが、このあたりの奇岩や渓谷を描いた作品を残しています。

画家の Caspar David Friedrich カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ(1774-1840)は、ここの風景から『エルベ砂岩山脈の岩場』を描いたと言われます。木造の橋が造られる(1824)直前ですね。

「Felsenlandschaft im Elbsandsteingebirge」Caspar David Friedrich 1822ー1823

彼らはこれらの道を画材をかついで歩いたのでしょう。

Mさんが、この場所の素晴らしさをなんども言葉にしてくれました。私の言いたいことを代弁してくれているなと感じながら歩きました。

小腹が空いたので、ピクニックをするために寄ったレストランです。トイレの表示もカスパー・ダヴィッド・フリードリヒでした。

「Fünf Finger Buche 5本指のブナ」250歳 2020年に倒れる

あともう少しで目的地というところで、こんな要塞に遭遇しました。

Burg Wehlen ヴェーレン要塞

Mさんを道で待たせて、2人で上まで上がってみました。

Elbe 川の対岸の家並み。鉄道も川に並行して走っています。川では、フェリーがひっきりなしに往復して、乗客を運んでいます。
Stadt Wehlen ヴェーレンの町が、真下に見えます。

Stadt Wehlen に着きました。

この教会、Radfahrerkirche Wehlen (自転車教会)なのだそうです。たしかに、自転車旅行している人を多く見かけます。
こちらは Rathaus ラート・ハウス(市役所)です。
洪水の年月日と浸水の高さが記されていました。古い洪水標の右に付け加えられているのは、まだ記憶に新しい 2013年のエルベ川大洪水です。
日時計もあります。
フェリーの川渡しの場所です。水面はとても静かで、対岸の家並みがきれいに映り込んでいます。

画家の道は、ほんとうは1時間ほどもあれば歩ける距離だったのですが、寄り道もしたので、ずいぶん時間がかかってしまいました。そのあいだ、Rさんは辛抱強く待っていてくれました。

いいお天気で汗ばんで、のども渇いたので、アイスクリームを買って食べて、ひと休みしたあと、車に乗り込みました。

いい運動のあと、車のなかでは安心して私は眠ってしまいましたが、帰りの道はずいぶん渋滞しました。とうとう1ミリも動けなくなりました。ラジオによると、事故処理のための交通規制だったようです。

渋滞したときは、左車線の車(日本でいえば、追越車線にあたる右車線)はできるだけ左を、中央車線と右車線の車はできるだけ右を走行して、間を空けるルールになっているのだそうです。

追い越し車線の車両は、できるだけ端に寄っています。
中央車線の車両は、右の車線に寄って走行しています。

ずいぶん長く停まっていました。(ブログに書くので)あとからRさんに「どのくらい停まっていた?」と聞くと、「55分だった」という返事。こういうことはRさんに聞くに限ります。いつも正確な数字が返ってくるので、頼りになります。

ライプツィヒに帰ってきました。向こうに見える大量の蒸気は、火力発電所のものだそうです。

DDR時代に、ライプツィヒとその周辺では、大規模な褐炭の露天掘りが行われました。公害が深刻だった採掘跡地は、しかし、環境再生プロジェクトにより、今では透明で大きく美しい湖に変わりました。たくさんの人が泳ぎにきて賑わいます。

遅くとも2038年までには、褐炭採掘所や褐炭などによる発電所は、完全に閉鎖されることになっているそうです。

こちらに来て初めて見る夕日です。

初めから終わりまで楽しい遠足でした。友人夫妻には、何から何までアレンジしてもらって、ほんとうに感謝です。無理させてしまったかもしれませんが、どうか体調を崩したりしませんように。

こちらは Sächsische Schweiz ザクセンスイス国立公園(およびボヘミアスイス国立公園)の観光地図です。写真では見分けにくいのですが、濃い赤色ライン(オレンジ色ではなくて)がチェコとの国境で、地図の北東部分がチェコになります。

インフォのパンフレットから。

このマークは Malerweg マーラー・ヴェーク(画家の道)です。