Stasi-Museum シュタージ・ムゼウム(東ドイツ秘密警察博物館)

歴史

次に、シュタージ博物館を訪れました。24時で閉館するというので、ここで私たちも終了する予定でした。

この博物館は、情報通信博物館のあった Bezirk Mitte 中央区から、2地区ほど 東に移動した Bezirk Lichtenberg リヒテンベルク地区にあります。初めて訪れる地区です。

真夜中のせいもあるのか、地下鉄から出た場所では、荒涼とした、うす気味悪さを感じました。

しばらく歩いていくと、ライトアップした施設がありました。どうやらここが、秘密警察博物館のようです。中庭では、映画も上映されています。

この本部ビルは、当時のまま残されているのだそうです。

当時、この一帯は、地図には描かれていなかったとのことです。

西ドイツ製の口述録音機 東ドイツ秘密警察の盗聴・尋問用に使われました。
壁埋め込み式盗聴器 「Holzwurm ホルツ・ヴルム(木虫)」
「1939年、ナチス政権は第二次世界大戦を始めた。1945年…ソ連は、占領地域に共産主義独立政権を樹立した。」
東ベルリン暴動 6月17日事件のようす。この事件を記念して、ブランデンブルク門の西にある通りは 「Str. des 17. Juni (6月17日通り)」と名づけられています。
東ドイツ秘密警察が使用していた護送車
狭い独房が5つあり、囚人が手錠をかけられて隔離されて移送されました。

残念ながら、とっくに集中力が切れていて、文字情報はさっぱり入ってきませんでした。

中庭では、そこから見える周囲のビルについて、グループガイドが行われていました。

24時で帰るつもり(シンデレラみたい)だったのですが、夫から、せっかくあと2時間あるのだから、もう一つ行こうと言われ、地下鉄へ向かいました。

地下鉄のホームに降りると、男性が倒れていました。そこに居合わせた人々が、声をかけたり、ホームの非常通話に連絡して、救急車を呼んだりしています。

倒れていた男性は一瞬、気を失っていたようですが、しばらくして話し始めました。頭を強く打ってたくさん出血していますが、起きあがって帰ろうとしています。

周囲の女性たちは、男性をなだめて、動かないようにといい、男性を一人ぼっちにしないために、また気が紛れるように、ずっと話しかけています。

私たちの電車は、6分ほどで来ました。まだ救急車は到着しません。女性たちは、深夜にもかかわらず、ずっと男性に付き添っていました。