タンデム・パートナーBさんと、Potzdam ポツダム へ行く

観光・旅行

昨晩は、コーラスの発表会がありました。

そのために新しく学んだ曲は、次のとおりです。

「ふるさとの四季」メドレー、
「Komm, lieber Mai, und mache」(愛する5月よ)
「黒田節」
「会津磐梯山」
「ちゃっきり節」

これらの日本歌曲は古いので、日本語が難しいのです。でも、ドイツ人メンバーたちが完璧に歌っているのを聞いて、負けてはいられない、と頑張りました。

そんなわけで、今日は疲れが残っていましたが、Bさんとのありがたい遠足の日です。なんと、Potzdam ポツダムを案内してくれるというのです。

S‐Bahn で、Zoologischer Garten ツォーロギッシャ・ガルテン(動物園前)駅からWannsee ヴァンゼー(ヴァン湖)駅まで行き、316番のバスで、Schloss Glienicke シュロース・グリーニッケ(グリーニッケ城)に向かいました。

ポツダムの旅といっても、徒歩だけで回るので、あまり深入りしないで、入口から遠くを眺める遠足です。それでも、たくさんありすぎて、ここに書ききれないほどでした。

Glienicker Brücke グリーニッカー・ブリュッケ(橋)。ベルリンとポツダムの間にかかる橋です。東西ドイツに分かれていた時代は、ここが東ドイツと西ベルリンの分かれ目でした。米ソのスパイ交換所となっていたことで有名です。
橋の真ん中にある境界線 「ドイツ分断 1989年まで」
Glienicker Brücke からの眺め
Schloss Cecillenhof シュロース・ツィツィリエンホフ。皇太子ヴィルヘルムとその妻ツェツィーリエの意向を汲んだ、英国式の建築になっています。ポツダム会談が開催されて、トルーマン、チャーチル、スターリンが集った場所だとは思えない、ここでお弁当を広げたいような、とても心地よい空間でした。
中庭には、Narziss ナルツィス (ナルシス)の噴水
これは象ですよね。
当時、貯蔵庫として使われていたピラミッド。なかは冷蔵庫のように温度が保たれるそうです。
Orangerie im Neuen Garten オランジェリー・イム・ノイエン・ガルテン(オレンジの館)。オレンジの樹を育てるために作られた温室です。
南側は全面ガラス戸です。庭園には、熱帯地方の植物の鉢植えがいくつかありましたが、それらも冬には、この中に入れて育てるのだそうです。
Marmorpalais マルモア・パライス(大理石宮殿)。修復中で、なかは見れませんでした。
Marmorpalais マルモア・パライス(大理石宮殿)の庭からは、Heiliger See ハイリガー・ゼー(湖)が望めます。向こう岸に見え隠れしているのは、長寿テレビ番組「Wer wird Millionär? ヴェア ヴィアト ミリオネア (誰が億万長者になるか?)」の司会者で、大富豪の Günther Jauch のお屋敷です。
ポツダム中心地の Kurfürstenstraße クアフュアステン・シュトラーセ(通り)に面した建物は、戦争で壊滅的な被害を受けたそうですが、もとの形に再建されたそうです。
Kurfürstenstraße クアフュアステン・シュトラーセ(通り)の並びの建物ですが、様式が異なります。こちらも同様に、戦後、再建されたそうです。
Neuen Tor ノイエン・トア(新門)
Potsdam Mittelstraße(ポツダム ミッテル通り)にある Holländisches Viertel ホレンディッシェス・フィアテル(オランダ人街)です。このあたりは、入植が難しい湿地帯でした。でも、オランダ人はもともと海水面よりも低い土地で生活する知恵を持っていました。排水溝をめぐらせ、家屋を軽量化し、限られた場所にそれらを密集させることで、ここを開発することができたということでした。
今では、カフェやレストランや、おしゃれなブティックが並んでいます。
Grande École グラン・エコール は、ポツダムで最も古いギムナジウム(中等教育学校)でした。
Kleist クライストもここに通ったそうです。今ではここは、Kleist Schule クライスト・シューレ(学校)と呼ばれているようです。
電車から降りて、2個の椅子を運んでいく青年。こうやって腕にかかえて家具を運ぶ人をよく見かけます。
St. Nikoleikirche Potzdam セイント・ニコライ・キルヘ(聖ニコラス教会)が見えてきました。右手前の青い管の中は水が通っています。工事中に、地中の水を汲み出して、排水するためなのだそうです。
Alter Markt アルター・マルクト(旧市場)
右手にある、白い Fortunaportal フォルトゥナ門 は、戦争で壊れて無くなっていたため、別のものを建てる計画になっていましたが、先ほどの富豪 Günther Jauch の寄付によって、元の形に再建されたのだそうです。
圧倒的な大きさの丸天井です。礼拝堂の中では、10代の若者が十数人、明後日の Pfingstsonntag プフィンクスト・ゾンターク(精霊降臨の日曜日)に、Konfirmation コンフィルマチオン(堅信礼)を受けるためのリハーサルをしていました。
向こうに見えるホテルは、DDR時代に建設されたビルですが、わざわざ記念に残されたのだそうです。
湖では、ひっきりなしにボートが大きな音を立てて走っていきます。何羽ものカモが、そのたびに岸へと避けていきます。
Nuthepark ヌーテパーク の噴水

たくさん歩いて、たくさん見て回ったので、帰りの電車のなかでは、うたた寝してしまいました。

Bさんと別れて帰宅し、夕飯を作っていると、呼び鈴が鳴って、愛らしい女子生徒さんが尋ねてきました。アパートの下の階の住人でした。

彼女は急いで英語で話したあと、一息入れて、「ごめんなさい、何語がいいですか」と聞き直して、ドイツ語でも話してくれました。

私は今日、18歳の誕生日なので、友達を呼んでパーティをします。うるさくならないように気をつけますが、うるさかったら私に連絡してください。

そう言って、メモとチョコを渡して、急いで帰っていきました。

帰宅した夫にそれを伝えると、その話に(その女の子に?)興味津々で、「じゃ、芋けんぴを持っていってあげよう」といって、偵察に出かけました。

彼女の部屋では、すでに音楽をガンガンかけて、いろいろなコスチュームを着て、みんなで踊っていたそうです。

アパートは防音がきいていて、あまり音は気になりませんでした。パーティは12時半くらいまで続いて、静まりました。