ベルリン国立歌劇場は、Unter den Linden ウンター・デン・リンデン(菩提樹の下)という名前の並木道に面していて、周囲には歴史的な建築物が並んでいます。






このベルリン国立歌劇場はもともと(あのサンスーシー宮殿の)Friedrich Wilhelm 2世の命によって、1741年に建てられたそうです。

火災や戦争のため、なんどか再建されます。東西に分かれていた時代には旧東ドイツに属していました。

現在の建物は、2010~2017年に大改修されました。フリードリヒ・ロココのデザインを忠実に取り入れながら、音響効果をよくするために、特殊なセラミック素材を使ったり、高天井にしたりするなどの改善がなされたそうです。










今日は、今期の最終公演ということもあってか、チケットは完売でした。
演目は、Mozart モーツァルトの「Die Entführung aus dem Serail ディー・エントフュールング・アウス・デム・ゼライ(後宮からの誘拐)」です。
誘拐されてトルコ宮殿に囚われた恋人を、スペイン貴族が救出する、という内容の劇で、1782年にウィーンで初演されたそうです。

Singspiel ジングシュピール といわれる形式で、音楽のないセリフが入る歌芝居です。
しかも、全く歌わない人が出てきます。太守セリムといって、劇の最後のどんでん返しで、とても重要な役回しをします。
その人に、Bülent Ceylan ビュレント・セイラン という人気コメディアンが充てられました。これが、今回の演出の議論を呼ぶところになっています。
彼は、ドイツ人の母とトルコ人の父を持ち、それが持ちネタのようでもあります。方言で話したり、人真似をしたりして、会場を笑わせます。
私にはドイツ語のギャグはほとんど聞き取れませんでしたが、なんとか聞き取れた数少ない一つはこういうものです。
ドイツ語には、男性・中性・女性名詞がある。たいていの国は中性名詞で、たとえば Das Deutschland (ダス・ドイチュラント)という。けれども、なぜかトルコは、女性名詞で Die Türkei(ディー・トゥルカイ)という。ならば、大統領は、Erdoğan (Er=彼)エルドアンではなくて(Sie=彼女)Siedoğan ジードアンじゃなければ、というものでした。
つまり、「後宮からの誘拐」とは全く関係のないギャグが、物語を中断しては何度も入りこみ、それを観客たちが笑う、というふうでした。
また、ライブカメラで、役者が舞台上から撮影する様子が、サイドのスクリーンに大写しになります。役者の演技を 楽屋から眺めているような気分になります。
もともと舞台の背景には、海水が波うっているのがずっと映し出されているので、まるで海のそばにいる気分になって、物語のなかに入っていくように仕向けられているのに、一方では、ライブカメラでそれが異化される というふうなのでした。
あるいは、情感たっぷりに歌われるソロの曲のときには、ほかの役者がそれを茶化すように仕組まれていました。宮崎駿のアニメなどでも よく見られる手法ではありますが、歌手たちに不満はなかったのかな、と思ってしまいました。
歌唱力はさすがでした。ソプラノには、対照的な声質の2人が充てられていて、それだけでも楽しかったです。コンスタンツェ役の Adela Zaharia アデラ・ザハリア という人は、難度の高い曲を、豊かで細やかな抑揚で、オーケストラと見事に共演するので、うっとり聴き入りました。




