Museum für Kommunikation berlin ムゼウム・フュア・コムニカチオン・ベルリン(ベルリン通信博物館)

くらし

夕暮れのなか、次に向かったのは、ベルリン通信博物館です。もとは帝国郵便省の建物として使われていたそうです。

このファサードの上に、地球儀を持ち上げる3人の巨人たちがいて、市民からは、Postkolosseum ポスト・コロッセウム(郵便局の円形競技場)と呼ばれていたのだそうです。戦争で、建物は破壊されても、この巨人たちは残り、今でも姿を留めているのだそうです。

急いで列に並んで、巨人たちを見ないまま、入場しました。

以前、旧帝国郵便局(Oranienburger Straße)の前を通ったとき、その入口に「Rohr Post ロアー・ポスト(気送便)」という銘板があるのを見つけて、気になっていました。それを、この博物館で見ることができるのでは、と期待して来てみました。

1階には、さまざまなコミュニケーション形態を体験できるコーナーが用意されていました。

階段を上がると、4万年にわたる、情報通信の歴史が展示されていたのですが…。

紀元前7世紀の絵文字
コンゴの告知用太鼓
Himmelsscheibe von Nebra (ネブラ・ディスク)の レプリカ。約3600年前の天体描写の円盤で、天文暦のカレンダーとして、農作業のタイミング予測などに使われたとされています。Halle に本物があるそうです。
情報伝達者の存在は重要性を増していき、その身分を証明する必要がありました。
1850年のポスト・ホルン。まさに郵便局のマークの形をしています。
駅馬車の時代
このカード式の公衆電話はなつかしいです。

夫は、中央ホールでダンス講習が行われているのが、気になってしかたありません。

私は、スパイ博物館を見ただけでも、へとへとで、おまけに膝が痛いので、全然その気がなかったのですが、いっしょに踊ろうとずっと言われつづけて、根負けしました。

ダンスをして満足した夫は、先を急ぎましたが、私はまだ肝心の Rohr Post を見ていません。(慣れないダンスのせいで)足を引きずりながら、館内を走り回りました。見つけました。

青いフタのカプセルに、手紙を入れます。
カプセルを気送管にセットします。
スイッチを押すと、勢いよくカプセルが発射されます。
カプセルは、スピードを落とすことなく、気送管のなかを移動していきます。
あっという間に、目的地に到着しました。カプセルの青いフタが見えます。

1865年から1976年まで、このようなカプセルがベルリンの地下をめぐっていたのだそうです。

なんとか Rohr post も見れたので、次の博物館へ向かいました。2人とも足をひきずりながら。

ファサードの上に見えるはずの3人の巨人たちは、すでに暗闇のなかでした。