18回目の日曜日になりました。
ポツダムの2つのお城を、Annaさんが案内してくれることになりました。入場券を購入して、サンスーシー宮殿の入場時刻予約も済ませてくれたそうです。
午前中の内にベルリンを発ち、ポツダム中央駅からサンスーシー公園駅まで電車に乗って、そこから歩きました。
その駅の近くにあるのは、Neue Palais ノイエ・パレス(新宮殿)といって、サンスーシ宮殿よりも後から、七年戦争の勝利を記念して建てられた、とても大きな宮殿です。
最初に見えてきたのは、家臣の宿泊所としての建築群です。いまは大学として使われているそうです。息子もゼミに参加して、大学がこんな環境だなんて恵まれている!と驚いていました。



入口のインフォで、1ユーロ払ってトイレを済ませてから、Neue Palais ノイエ・パレス(新宮殿)へ入りました。

3階建てで、部屋は200以上ある宮殿です。
無料でグループガイドに参加することもできますし、スマホでQRコードを読むと、ドイツ語と英語の音声ガイドを聞くことができます。
最初の部屋は、Grottensaal グロッテン・ザール(洞窟の間)といって、非常に印象的です。
壁や柱や天井に、貝殻や化石や鉱物がびっしり埋め込まれています。床は色調を合わせた大理石で出来ています。本物のトビウオや、木の幹の巨大な化石などもあって、目を凝らしてしまいます。






ここは確か、 Vorhalle フォア・ハレ(前室)です。賓客をまず迎え入れる部屋です。

部屋はそれぞれ独自のテーマで作られていますが、部屋数が多すぎて覚えられませんでした。



宮殿の外観は、国力誇示のため、重厚なバロック様式になっていますが、内部は優美なロココ様式だと言われます。
すでに新古典主義が主流の時代でしたが、フリードリヒ2世がロココ様式で作ることにこだわったのだそうです。
フリードリヒ様式(Stil des friderizianischen Rokokos)と呼ばれ、フランスの華やかさと、プロイセンの端正さを融合させたスタイルなのだそうです。
ちなみに、Rokoko ロココとは、貝殻や鉱物を用いた、非対称な曲線美を表すrocaille ロカイユ(フランス語で貝殻の意)に由来する言葉で、新宮殿の部屋のあちこちに「C」の文字の装飾が見られます。



これは、Oval Hall オバール・ホール(楕円の間)です。蚕の繭か、卵に入ったような感覚になります。



当時は、Damast ダマスク織というのが、絹に並んで好まれた生地で、絵画の見栄えをよくする目的で部屋の壁に貼られたそうです。

フリードリヒ2世の宮廷画家、Antoine Pesne アントワーヌ・ペーヌは、オランダ絵画を学び、よく似た手法を使って描いたそうです。

女性が嫌いで、妻さえ宮殿に入れなかったといわれる、フリードリヒ2世ですが、女神はたくさん描かれています。





階段の横には、小さな台所がありました。電気調理器や、飲料水フィルターなどがあって、朝食の間に給仕されていたそうです。



それに続く客室には、お風呂が備わっています。


この部屋の天井には、銀の装飾がされていますが、残念ながら錆びて黒くなっています。

おもしろいことに、柱に呼び鈴が並んでいました。

Bettfrau 寝室係侍女
Kammerfrau 小部屋係侍女
Garderobefrau 衣装係侍女
Ⅱ Garderobefrau 衣装係侍女2
Schneiderin 裁縫係侍女
Souterrain 地階
3階にある、最も壮大なMarmorsaal マルモア・ザール(大理石の間)は、大理石の象嵌細工で仕上げられた床と、フラスコ画の豪華な天井と、さまざまな彫刻で飾られています。さぞ客人を圧倒させたことでしょう。
大理石のあまりの重さに、床が耐えられずにたわみ、二度も補強工事がされたのだそうです。


新宮殿を出て、サンスーシー宮殿へ向かいました。はるか向こうに有名な噴水が見えます。




途中で、Chinesisches Teehaus ヒネージッシェス・テーハウス(中国茶館)に寄りました。新宮殿と同じ建築家によって建てられたそうです。壁や天井に描かれた絵は、中国そのものというより、どこか西洋っぽいものでした。


―続く―


