Das Japan (日本)②

移民・外国人

Logo (子どもニュース)で、今日は、ベルリンでもFFF(フライデイ・フォー・フューチャー)のデモがあったと報道していました。1000人近く集まったそうです。

同じころ、私はベルリン南西部の「TVAsahi-Kirschblütenallee テレビ朝日さくら平和通り」にいました。

濃いピンク色の桜が満開でした。1100本の桜の樹が4kmにわたって植えられています。

1989年のベルリンの壁の崩壊を祝って、テレビ朝日によるキャンペーンがあったとき、視聴者約2万人から、約1億4000万円の募金が集まったそうです。

そして桜の植樹が始まったそうですが、その最も有名な場所がここです。

ここは、かつてベルリンの壁があった場所です。壁の緩衝地帯だった場所が、今は桜並木になっています。

しかし、壁跡地にこうして植樹するには、多くの課題があったそうです。

壁跡地の所有者が不明だったこと、緩衝地帯には、逃亡者を監視しやすくするため除草剤がまかれていて、草木がまったく生えない死の地帯であったことなどが伝えられています。

何度も話し合いが重ねられたあと、最初の桜2本が、Glienicker Brücke グリーニッケ・ブリューッケ(グリーニッケ橋)に植えられたそうです。そこは、東西冷戦時代にスパイを交換する場所だったそうです。(『NEWSDIGEST』2026年3月号より)

記念碑が建てられたのが1995年というのは感慨深いです。阪神淡路大震災に始まり、オウム真理教の地下鉄サリン事件があった、困難な年に、日本への連帯を表す意味もあったのでしょうか。
地図上部の川沿いの点線が、かつて壁のあった場所を表しています。右上の直角に曲がった角から南東側への短い部分が、さくら平和通りにあたります。ここだけで4kmもあります。どれだけ壁が長かったか、歩きながら想ったことでした。