Eberswalder Straße エーバースヴァルダー・シュトラーセ駅

移民・外国人

アパートのドアを開けると、Lindenbaum リンデン・バウム (西洋菩提樹)の花の香りがします。柑橘の花によく似た、優雅な甘さのある、どことなく切ない香りです。

この香りが大好きで、通りを歩いていても、ずっとこの樹を探しています。毒ガ注意の呼びかけもなんのそのです。

今日は、U‐Bahn ウーバーン(地下鉄)の2番に乗って、初めてPankowパンコウ区(旧東側)へ行ってみました。

2時間くらいで歩き回れる目的地として、Eberswalder Straße エーバースヴァルダー・シュトラーセ駅を選びました。

このあたりは、Prenzlauer Berg プレンツラウアー・ベルクという地区です。

駅の北口から降りると、広々とした競技場が迎えてくれました。

住居のデザインが独特です。

Mauerpark マウアー・パーク(壁公園)があるはずでしたが、工事中でした。

向こうのほうに、残された壁の落書きが見えます。

駅にもどり、駅南側にある五叉路から南下して、Kulturbrauerei クルトゥア・ブラウエライ(文化醸造所)へ向かいました。

レストランやブティックが並ぶ、賑やかな街並みです。

ここは、ビール醸造所(Breierei ブラウエライ)だった場所ですが、映画館やラジオ局、劇場やライブハウス、博物館など、さまざまな施設が入っています。それで、Kulturbrauerei クルトゥア・ブラウエライ(文化醸造所)というのですね。

しかし、今日は中に入らないで、さらに南に歩いていきました。

凝った作りのブックポストです。
1848年革命

木曜日にはWochenmarkt ヴォッヘン・マルクト(青空市)が開かれているというので、Kollwitzplatz コルヴィッツ・プラッツ(広場) に寄りました。

ハット帽子形のかわいい街灯です。「ベルリン・サーカス・フェスト 8月5~16日 テンペルホーフ広場」
なんと、Käthe Kollwitz さんが座っていました。いつか見た、Neue Wache ノイエ・ヴァッヘ(新衛兵所)にあった 、母と死んだ息子の像の作者です。それで、この公園は彼女の名前になっているのですね。
マリオネットをしているおじさんのところへ、兄妹が、人形と握手しようとして近づいていました。

これはドイツで最も大きい Synagoge シナゴーグ だそうです。

1階が Synagoge シナゴーグ、2階以上は、幼稚園・保育園として使われているそうです。金曜日の夕方と、土曜日の朝は、一般の人も、Synagoge シナゴーグ 内に入っていいそうです。

Reichspogromnacht(水晶の夜)にナチス突撃隊によって礼拝堂が荒らされ、多くの信者たちが強制収容所へ連行されたそうです。

それから、Wasserturm ヴァッサー・トゥルム(給水塔)に寄りました。

1877年から1952年まで、住宅やビール醸造所へ水を供給するために使われていたそうです。

1930年代には、ナチス政権によって、ユダヤ人たちを拷問するために収容所として利用されたこともあるそうです。

カーテンが揺れていて、住人がいる様子でした。塔のこちらは25番地、反対側は23番地です。

周囲を歩いていると、もう一つ、塔が見えました。その下のほうに入口があります。

物珍しそうに、うろついていると、男性が「中に入って見ることができますよ」と声をかけてくれました。

Steigrohrturm シュタイク・ロアー・トゥルム(上昇管の塔)といって、地域に水道を供給するために、1800年代に作られた施設だそうです。

塔の上部に水を吸い上げて、水圧の調整をしていたそうです。

1856年、使用されていた当時の Steigrohrturm シュタイク・ロアー・トゥルム

ベルリンは、土地が低くて沼地だったから(下水施設がない時代、ばい菌が多くて)とにかく不潔だったんだと、男性は話していました。

上昇管の仕組みを教えてくれた男性が、ぜったいお得だから、あそこにも行ってみるといい、といって、近くの特別展を紹介してくれました。

Volkshochschule ホルクス・ホーホシューレ(市民大学)のある敷地内の特別展示場

16世紀に、イタリア北部の貧しい地域の人たちが、国をはなれ、難民となりました。彼らのなかには旅音楽家がいて、その伝統が、複雑な自動オルガン制作へつながったのだそうです。

ほかにも、建築家(ルネサンス様式)や商人などが、このPrenzlauer Berg プレンツラウアー・ベルク地区に集まってきて、イタリア人集落を作り、地域に影響を与えたのだそうです。

1800年代に作られた自動オルガン
時計型の自動オルガン
部屋の壁に置かれた、この巨大な自動オルガンは、Orchestrion オーケストリオン といいます。
Orchestrion オーケストリオン の中は、とても複雑です。
なぜか、こんな写真がありました。ドイツ連邦議会議事堂の前です。Bismarck-Nationaldenkmal ビスマルク・ナショナルデンクマールは、現在はTiergarten ティアーガルテンにありますが、かつては議事堂の前に設置されていたのですね。
初期の自動オルガンは、小さな釘を打ち込んだものでした。ノズルを動かして、9曲から選曲できます。そのなかに、いつか合唱発表会で歌った「Berlinluft ベルリン・ルフト(ベルリンの風)」もありました。やがて時代が下ると、紙に穴を開けた方式に変わっていきます。
その釘を打ったタイプの自動オルガン。手回しを実演してもらいました。

日曜日には、Orchestrion オーケストリオンなど、他の自動オルガンの演奏を、実際に聞くことができるそうです。