アパートのドアを開けると、Lindenbaum リンデン・バウム (西洋菩提樹)の花の香りがします。柑橘の花によく似た、優雅な甘さのある、どことなく切ない香りです。
この香りが大好きで、通りを歩いていても、ずっとこの樹を探しています。毒ガ注意の呼びかけもなんのそのです。
今日は、U‐Bahn ウーバーン(地下鉄)の2番に乗って、初めてPankowパンコウ区(旧東側)へ行ってみました。
2時間くらいで歩き回れる目的地として、Eberswalder Straße エーバースヴァルダー・シュトラーセ駅を選びました。
このあたりは、Prenzlauer Berg プレンツラウアー・ベルクという地区です。
駅の北口から降りると、広々とした競技場が迎えてくれました。



Mauerpark マウアー・パーク(壁公園)があるはずでしたが、工事中でした。

駅にもどり、駅南側にある五叉路から南下して、Kulturbrauerei クルトゥア・ブラウエライ(文化醸造所)へ向かいました。


ここは、ビール醸造所(Breierei ブラウエライ)だった場所ですが、映画館やラジオ局、劇場やライブハウス、博物館など、さまざまな施設が入っています。それで、Kulturbrauerei クルトゥア・ブラウエライ(文化醸造所)というのですね。


しかし、今日は中に入らないで、さらに南に歩いていきました。



木曜日にはWochenmarkt ヴォッヘン・マルクト(青空市)が開かれているというので、Kollwitzplatz コルヴィッツ・プラッツ(広場) に寄りました。




これはドイツで最も大きい Synagoge シナゴーグ だそうです。

Reichspogromnacht(水晶の夜)にナチス突撃隊によって礼拝堂が荒らされ、多くの信者たちが強制収容所へ連行されたそうです。

それから、Wasserturm ヴァッサー・トゥルム(給水塔)に寄りました。
1877年から1952年まで、住宅やビール醸造所へ水を供給するために使われていたそうです。
1930年代には、ナチス政権によって、ユダヤ人たちを拷問するために収容所として利用されたこともあるそうです。

周囲を歩いていると、もう一つ、塔が見えました。その下のほうに入口があります。


物珍しそうに、うろついていると、男性が「中に入って見ることができますよ」と声をかけてくれました。

Steigrohrturm シュタイク・ロアー・トゥルム(上昇管の塔)といって、地域に水道を供給するために、1800年代に作られた施設だそうです。
塔の上部に水を吸い上げて、水圧の調整をしていたそうです。

ベルリンは、土地が低くて沼地だったから(下水施設がない時代、ばい菌が多くて)とにかく不潔だったんだと、男性は話していました。
上昇管の仕組みを教えてくれた男性が、ぜったいお得だから、あそこにも行ってみるといい、といって、近くの特別展を紹介してくれました。

16世紀に、イタリア北部の貧しい地域の人たちが、国をはなれ、難民となりました。彼らのなかには旅音楽家がいて、その伝統が、複雑な自動オルガン制作へつながったのだそうです。
ほかにも、建築家(ルネサンス様式)や商人などが、このPrenzlauer Berg プレンツラウアー・ベルク地区に集まってきて、イタリア人集落を作り、地域に影響を与えたのだそうです。






日曜日には、Orchestrion オーケストリオンなど、他の自動オルガンの演奏を、実際に聞くことができるそうです。
