Wannsee ヴァンゼー(湖)へ、タンデムパートナーのBさんと行く

観光・旅行

ブレーメンの友人たちと、赤の市庁舎で別れて、急いでS‐Bahn 鉄道に乗って、Zoologischer Garten ツォーロギッシャー・ガルテン (動物園)前に行きました。

タンデムパートナーのBさんと待ち合わせていました。

今日はどこに行くの?と聞いて、はじめて目的地を教えてもらいました。Wannsee ヴァンゼー(湖)にはまだ行ったことがありません。

「X34」番というバスに乗ります。「X」が番号の前についたバスは、ところどころ停留所を飛ばして走る、急行バスのようなものだそうです。

実は、このX34番バスには、すでに乗ったことがありました。4月の火祭りのとき、Kantostraße カント通りと Leibnizstraße ライプニッツ通りの、ドイツ哲学者交差点から乗ったのがそれでした。でも私は、しばらく気づきませんでした。

Bさんのガイドつきのバスの旅ですから、30分があっという間でした。

カント通り沿いに走りますが、国際色豊かなレストランがずっと並んでいます。戦後はここはソ連・ゾーンだったため、ほとんどがロシア・レストランでしたが、徐々に置き換わっていったそうです。

rbb (ベルリン=ブランデンブルク放送)を過ぎ、アスベスト建材のせいで使用できない大きな何とかという建物を過ぎると、小さな湖をいくつか超えて、南に曲がります。

ここからも重要な施設が続きます。右手には大きな General-Steinhoff-Kaserne ゲネラル・シュタインホフ・カゼルネ(連邦軍の施設)が見えてきます。

そこから遠くないところに、シュタイナーのアントロポゾフィー(人智学)統合医療を提供している Gemeinschaftskrankenhaus Havelhöhe (ハーベルヘーエ共同病院)のバス停があります。

さらに行くと、火祭りでお世話になった Gatow ガトウ ですが、そこはかつてイギリス・ゾーンだったので旧イギリス軍飛行場があり、いまは軍事歴史博物館になっているそうです。

バスを降りて、湖畔から少しそれて、私有地をしばらく歩きます。
虫ホテル。薪のすきまに、蜂などの昆虫が巣をつくります。
湖が眺望できるところに、かつて画家たちが滞在していた建物があり、修復作業中です。すでに数年がかりの工事中。
私有地を引き返し、広い湖畔にきました。白鳥たちが、触れるほどのところにいます。気性が荒いものもいます。
向こう岸に見える小さな島は島全体が保護地区で、入ることはできません。木の枝の間にはいろいろな種類の鳥の巣が見えます。
船着き場の「Alt Kladow アルト・クラドウ」です。この「F」の印は、Fähre フェーレ(フェリー)を表していて、BVG ベルリン市交通局が運営する水上交通機関です。私たちが月ごとに購入している Deuitschland Ticket ドイチュラント・チケットでも乗ることができると聞いてびっくり。

船の時刻を待つあいだ、Bさんがアイスをおごってくれました。ドイツで初めてです(笑)。

行き先は「S Wannsee エス・ヴァンセー」です。1時間に1本が運行しています。
ヨットの学校。けっこう年配の方たちが学んでいました。
向こう岸に見えるのが、湖水浴場です。ほかの場所は遊泳が禁じられています。
S Wannsee エス・ヴァンゼー乗り場に着くと、もう乗船を待つ人たちの長い列ができていました。
一般の乗船者と、自転車の乗船者とが、半々くらいです。

フェリーで渡ってきた先ほどの湖は、じつは Großer Wannsee グローサー(大)ヴァンゼーといいます。ということは、Kleiner Wannsee クライナー(小)ヴァンゼーという湖があります。船着き場から、海岸沿いに南西に下ったところです。

そこには、Heinrich Kleist が暮らした場所があり、彼の墓がありました。

墓を下ると、もうそこは、Kleiner Wannsee クライナー ヴァンゼー湖です。
右奥に見える橋が Wannseebrückeで、その向こう側が Großer Wannsee です。

Kleiner Wannsee クライナー・ヴァンゼーは、船や車の喧騒からは離れて、波もしずかでした。